【ゲーム】さようなら、ニンテンドー3DS 「不運」だった携帯ゲーム機


ニンテンドー3DS(ニンテンドースリーディーエス、Nintendo 3DS、略称:3DS)は、任天堂が開発して2011年に発売した携帯型ゲーム機。2020年9月16日に全シリーズの生産を終了した。 コンセプトは「持ち歩く、響きあう、毎日が新しい」。CMなどでは「メガネがいらない3DのDS」というキャッチコピーも用いられている。
119キロバイト (14,704 語) - 2020年9月18日 (金) 07:24



(出典 giwiz-tpc.c.yimg.jp)


3DSが生産終了ですか…
9年は短いですけど…

1 ネギうどん ★ :2020/09/22(火) 13:50:00.93

 任天堂の携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」シリーズの生産終了が発表され、9年の歴史に幕を下ろしました。1億5000万台以上を出荷するなど大ヒットした「ニンテンドーDS」の後継機として、期待には及ばないながらも奮闘しました。そして3DSは、一言で言えば、ツキがなかったのではないでしょうか。

◇四つの不運 裸眼3Dの着眼点はユニークも

 ニンテンドー3DSは、2011年2月に発売されました。売りは当時に注目された3D映像を、専用メガネなしの裸眼で楽しめることでしょう。3D映像の先行きは未知数でしたが、“保険”としてDS用ソフトとの互換性もありましたから、メディア的には評判は上々でした。3D映像の最大の弱点は、コンテンツ不足ともう一つ、専用ゴーグルなどを装着する手間だったので「いけるかも」という期待がありました。任天堂も最初は「裸眼で手軽に立体視が楽しめる」と強調していましたし、3Dだから演出できる面白さに自信があったのでしょう。

 しかし第一の不運は、3Dの技術を活用した3DSならではのヒットソフトが生まれなかったことです。コンテンツのヒットは、出してみないと分からない「水もの」です。もちろん「ポケットモンスターX・Y」や「とびだせ どうぶつの森」など、人気シリーズのヒットは生まれましたが、3Dである必要はありません。DSのときは「ニンテンドッグス」や「脳を鍛える大人のDSトレーニング」など、タッチパネルならではの楽しさがあり、普及の原動力となりましたから、その差は歴然です。

 最初こそ、裸眼3Dに興味を示したゲームファンですが、何度かプレーすると飽きが来たのです。また長時間プレーにも不向きでした。3DSを手に入れた周囲の友人・知人が、3Dの機能を切って遊ぶようになり、「3Dなし」が当たり前になった形になりました。

 第二の不運は、発売タイミングです。発売1カ月後の2011年3月、東日本大震災が発生して消費は冷え込み、世の中はエンタメどころではない空気になりました。どうにもならないことですが、ゲームの普及で重要な、初期販売の逆風になったのは確かです。

 第三の不運は、強気の価格設定が裏目に出たことです。当初の2万5000円は、携帯ゲーム機にしては割高で、「3D映像もいらない」となれば、余計に高く思えるでしょう。発売から半年後、普及に苦しんだ3DSは異例の1万円の値下げに踏み切ります。このテコ入れで売れ行きは伸びましたが、コストが商品の販売価格を上回る「逆ざや」になり、任天堂は2012年3月期の決算で、初の営業赤字を計上します。

 第四の不運は、任天堂の不振が際立つ流れにあったことでしょう。2012年に発売された任天堂の据え置き型ゲーム機「Wii U」の販売が極度の不振となりました。累計出荷数はわずか1361万台で、1億台を突破したWiiに遠く及びませんでした。任天堂はこれまで、据え置き型ゲーム機の業績が伸び悩んでも、携帯ゲーム機がヒットするなど、リスク分散がされていました。ところが、3DSとWii Uは、ともに苦戦という状況でした。

続きはソースで
https://news.yahoo.co.jp/byline/kawamurameikou/20200922-00199398/

https://dailynewsagency.com/2020/09/04/game-watch-super-mario-bros-6g8/


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