【プロレスラー】武藤敬司「プライベートで交流」ウォリアーさん追悼


武藤 敬司(むとう けいじ、1962年12月23日 - )は、日本の男性プロレスラー。WRESTLE-1を運営するGENスポーツエンターテインメント元代表取締役会長。山梨県富士吉田市出身。山梨県観光大使。武藤塾塾長。娘はタレントの武藤愛莉。 1990年代から2000年代にかけてプロレス界を牽引した
117キロバイト (17,131 語) - 2020年9月21日 (月) 09:02



(出典 img.news.goo.ne.jp)


ウォリアー氏は逝去ですか…
お気の毒です…
ご冥福をお祈りいたします…

1 爆笑ゴリラ ★ :2020/09/24(木) 09:25:03.30

9/24(木) 8:40配信
日刊スポーツ

武藤敬司

日米プロレス界で人気を博したタッグチーム「ロード・ウォリアーズ」のアニマル・ウォリアーさんが60歳で死去したことを受け、ゆかりのある日本人レスラーたちも23日夜から24日にかけて次々と自身の公式ツイッターを通じ、追悼コメントをつづった。

【写真】拳をつきあげるアニマル・ウォリアーさん(2002年12月2日撮影)

武藤敬司は「プロレス界で一世を風靡(ふうび)した、ロード・ウォリアーズのアニマル・ウォリアーが亡くなった。何度も戦った経験があるが、実はプライベートでも交流があったんだ。天国に旅立ったホーク・ウォリアーが、きっと待っているぜ!ご冥福をお祈り致します」と投稿した。全日本プロレスの秋山準は「1999年のドーム大会で1度対戦させて頂きました。入場してきた時の迫力は今でも覚えている。謹んでお悔やみ申し上げます」などと記した。

新日本プロレスの小島聡は「私がまだ20代の頃、ロード・ウォリアーズと対戦させてもらえた。本当に格好良くて、怖くて、強かった。2002年にアメリカで大会があった時のプロモーターがアニマルさんで、その時にハンセンさんからラリアットを教わったのでした。試合以外はいつも笑顔で、大好きな人でした」と思い出を明かした。

ノアの丸藤正道は「ロード・ウォリアーズがいなければ僕はプロレスを好きになっていなかっただろう。全日本のドーム大会でおふたりにお会いできたがペーペーだった僕はただ見る事しかできなかった。そしてプロレスラーになりご縁を頂きアニマルさんと仕事をさせて頂いた。二人ともいなくなっちゃったけど永遠の憧れです」と天国に旅立った自らのスーパースターに哀悼の意を表した。

また米プロレスのWWE時代に対戦経験のあるTAJIRIは「RIPアニマル オレ、SMAKDOWN!で1度だけアニマルと闘ったことがある歴史の証言者だぜ」と独特の表現でアニマルさんの死去を悲しんでいた。


(出典 amd.c.yimg.jp)


https://news.yahoo.co.jp/articles/420d995e44e3f6e9b995fdd76f0b926ef083dc25


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