【話題】プロレスバカ剛竜馬の妻が激白、窃盗で離婚…晩年に愛したムスコとの日々

竜馬(ごう りゅうま、1956年3月23日 – 2009年10月18日)は、日本のプロレスラー、俳優。本名:八木 宏(やぎ ひろし)。 父親は板前であったが、母親が家出して消息不明となり、妹たちに楽をさせたいと、中学卒業を待たずに上京。日本プロレスに数ヶ月練習生として通っていたが、デビューはでき
46キロバイト (6,716 語) – 2020年8月25日 (火) 08:00

(出典 www.2nn.jp)
故 剛氏が晩年に息子さんと仲良くしたのですか…
窃盗で離婚とはね…
ご冥福をお祈りいたします…
1 牛丼 ★ :2020/08/22(土) 13:09:41.82

 “プロレスバカ”の異名を取り新日本プロレスなどで活躍したプロレスラーの剛竜馬(本名・八木宏)さんが亡くなって10年がたった。このほど、剛さんの妻だった八木幸子さんがスポーツ報知の取材に応じ、剛さんが亡くなった時の秘話、さらに直後に見つかった「日記」について明かしてくれた。「WEB報知」では「プロレスラー剛竜馬さんの妻の告白」と題し、21日から3日間連載する。

 剛さんは、1970年に国際プロレスに入り、78年にフリーとなり新日本に参戦。79年10月にはWWF世界ジュニアヘビー級王者だった藤波辰爾と闘い王座を奪取した。その後、新日本に入団し、83年4月にはユニバーサルプロレス(第1次UWF)の旗揚げに参加。さらに全日本を経て89年には自らの団体「パイオニア戦志」を旗揚げし「プロレスバカ」の異名で再ブレイク。92年には「オリエンタルプロレス」を旗揚げしその後は、さまざまな団体を渡り歩いたが、2009年10月18日に敗血症のため53歳の若さで急逝した。

 剛さんの妻だった八木幸子さんは、24日に河出書房新社から発売されるノンフィクション「妻たちのプロレス~男と女の場外バトル~」(ターザン山本、福留崇広著。税込み1760円)でさまざまな思い出を明かしているが、幸子さんは、剛さんと87年に結婚した。娘2人、息子1人と3人の子供に恵まれたが2005年に離婚した。ファイトマネーなどリングで稼いだ収入を一切、家庭に入れなかった剛さん。3人の子供は、事実上、幸子さんが働いた給料で養った。さらに2003年1月にJR新宿駅で窃盗の疑いで逮捕。不起訴処分となったが、この一件に幸子さんも愛想を尽かし、離婚を決意したという。

 逮捕された剛さんは、罪を認めず約半年間、拘置所での生活を余儀なくされた。不起訴になり保釈されると、幸子さんと3人の子供が住む神奈川県厚木市内のアパート近くに住まいを移したという。離婚した幸子さんは剛さんと会うことはほとんどなかった。2人の娘も父との対面に複雑な態度だったが、長男だけは剛さんを慕い、2人で映画を見たり、プロ野球観戦に出かけたりしていた。

 「私と娘は、ほとんど会うことはなかったんですが、やっぱり彼にとってただ1人の男の子でしたから、かわいかったんだと思います。息子に会いにうちによく来ました。私は離婚しましたけど、そこは父と息子で絆は切っても切れないものがあると思ったので、私も息子と面会することは認めていました」

 かけがえのない一人息子が生きがいだった剛さんだが、プロレスではさまざまな団体に参戦するも、かつてのような活躍は果たすことはなかった。そして、2009年10月がやってくる。

https://news.yahoo.co.jp/articles/46ee1cf6d5bcdf26de0d814c50869ab8e24d1815

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