【サッカー】エメルソンはサルを連れて練習に。 横浜で完結した壮絶サッカー人生


エメルソン・レオン(ポルトガル語: Émerson Leão、1949年7月11日 - )は、ブラジル・サンパウロ州出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはゴールキーパー。 現役時代はGKでブラジル代表の守護神として活躍。ワールドカップは1970年、1974年、1978年、19
12キロバイト (607 語) - 2020年6月1日 (月) 12:08



(出典 news.biglobe.ne.jp)


サル連れてくるのですか…
プレー中はクサリなどに繋げてたでしょうし騒ぎにならなくて良かったですね!

1 砂漠のマスカレード ★ :2020/06/10(水) 19:01:14.64

あのブラジル人Jリーガーはいま第5回エメルソン(後編)>>前編を読む

 コンサドーレ札幌、川崎フロンターレ、浦和レッズを経て、2005年にカタールのアル・サッドへ移籍したエメルソン。2007年、彼は次のステップとして、ヨーロッパのリーグを狙う

フランスのリヨン、リール、サンテティエンヌが彼をほしがったが、最終的に移籍したのはレンヌだった。一番移籍金が高かったのだ。しかし、北フランスの小さな町は、彼の肌に合わなかった。チームも彼を日本やカタールのように特別扱いしてくれず、レギュラーも約束されない。エメルソンは不満だった。

 一度嫌だと思うと、ブラジル人は我慢できない。ある土曜日の夜、彼はカタールのシェイクに直々に電話をし、アル・サッドに戻りたいと告げた。翌日、シェイクの代理人がフランスにやってきて、レンヌに即決で違約金を払い、エメルソンはまたカタールに帰ることになった。結局彼はフランスで合計101分しかプレーしなかった。こうして彼のヨーロッパでの夢は終わった。

その後、彼はカタールの国籍を取得し、カタール代表として南アフリカW杯の予選を戦った。しかしこれがまた問題になった。一度どこかの代表でプレーしたことのある選手は、国籍を変えても他の代表チームではプレーできない。これがFIFAのルールである。エメルソンはブラジル代表ではプレーしていないものの、U-20ブラジル代表としてプレーしたことがあった。本来、A代表でなければ問題ないはずなのだが、彼はその時、例の偽の出生証明書で年齢を偽っていた。つまり、その時彼はすでに20歳を超えていたのだ。FIFAは彼がカタール代表に入ることを認めなかった。

 こうして彼は永遠に代表チームでプレーすることができなくなってしまった。カタールでも、そしてブラジルでも。

 それからカタールで1年半ほどプレーすると、名声と大金を持ったエメルソンは国に帰ることを決めた。

「日本の2つのチームからもかなりいいオファーがあった。それを断るのは心が痛んだが、そろそろ家に帰りたくなったんだ。母親の近くにいてやりたかったし、ブラジルのサッカーを、もっと知りたいと思うようになったんだ

6/10(水) 17:00
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200610-00896090-sportiva-socc


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