北斗の拳は時代を超えた男のバイブル

 

 

連載が終了してから20年以上たってもあらゆるところで北斗の拳は読まれ続けています。

 

また漫画やアニメだけではなく映画、パチンコ、ゲームなど様々な形で広がりを見せ、これからもずっと愛され続ける作品だと私は考えています。

 

実際に、スピンオフの作品やリメイクなどこれだけ広がりを見せる作品もなかなかないのではないかと思います。

 

北斗の拳の世界観

 

 

ただの格闘漫画ではなく北斗の拳の世界観はその当時の度肝を抜くような設定であり、実際に起こり得る世界だったが故にリアルさが受けたのではないかと思います。

 

世紀末に核戦争が起こり暴力が支配する荒野に救世主が現れると言う、世界観。

 

 

そして、主役だけではなく様々なキャラクターがそれぞれの個性を生かし荒野を生き抜く姿は非常に魅力的だったのではないかと思います。

 

私の記憶ではまだ幼かったのですが核兵器の力が世界中で不安視され、本当に北斗の拳の世界が実現し、核戦争が起こってしまったらどうしようと幼心に考えてしまったことです。

 

ケンシロウ

 

 

北斗の拳の主人公は一子相伝の拳法である北斗神拳の伝承者ケンシロウです。

 

拳法の才能とは裏腹に甘すぎる性格が故に伝承者でありながら時代を生き抜くことが難しいと1度は烙印を押されてしまった男が、愛する女性を失ったことで時代を生き抜く強さを身に付け、世紀末救世主として成長していく姿はこの作品を通じて一環した魅力であります。

 

当時はしゃべる男の方が魅力があると言われていた時代、昔ながらの寡黙で優しく、時折見せる涙が非常に男として共感を呼ぶところでした。

 

また、最初は敵として現れる、ライバルたちもいつの間にか彼の魅力に取り付かれて最強の男と認めるに至ります。

 

脇を固める強烈なキャラクターたち

 

 

北斗の拳の魅力は主人公だけではなく、主人公を取り巻く強烈な個性を放つライバルです。

 

実際には、他の漫画でも主人公以上にキャラクターが立つライバルがいればヒットするような気がします。

 

実際に北斗の拳においてはラオウと言う存在が正しくそこにあたる部分になります。

 

自らを世紀末覇者と名乗り、暴力の荒野を暴力で治めていこうとする姿は、正しく暴君と言えるのではないでしょうか。

 

しかしながら、ラオウ自身は悟っていたのです。暴力の荒野を治めるには暴力で立ち向かうしかない。

 

しかしながら暴力で平和は訪れる事はなく、愛を持つ人間がいてこそ正しい世の中が訪れることを知り、自らがケンシロウに倒されることを望んでいたと言う部分です。

 

実際に、自分自身が死に瀕したときに発した言葉がそれを物語っています。

 

 

それは『わが生涯に一片の悔いなし』です。

 

このセリフは作品が終わって何十年経った今でも誰もが記憶に残っていることでしょう。

 

時代を超えた人間模様

 

 

北斗神拳と言う一子相伝の拳法が中心にすえられていますが、時代を超えてそれぞれの物語があり、2000年の歴史の中で悲しき時代が常にあったことを物語っています。

 

そこには男同士の友情があり、親子の愛があり、男女の愛情があり、最強目指す男たちのプライドがあるのです。

 

だからこそ、年代によって北斗の拳を読み返すことによって様々な見方が生まれてきます。

 

実際に私自身も小学生の頃に読んだ時は単なる拳法漫画だと考えていましたがそこには男同士の友情があり、親子の愛があり、男女の愛情があり、最強目指す男たちのプライドがあるのです。

 

だからこそ、年代によって北斗の拳を読み返すことによって様々な見方が生まれてきます。

 

実際に私自身も小学生の頃に読んだ時は単なる拳法、バイオレンス漫画だと考えていましたが、今では時代を超えて読み続けられる男のバイブルだと認識するに至っています。