【訃報】ミニマル/アンビエントの巨匠ハロルド・バッドが死去【音楽】

ハロルドバッド (Harold Budd、1936年5月24日 – 2020年12月8日)は、アメリカ合衆国の作曲家であり、ピアニストである。 カリフォルニア州ロサンゼルス出身である彼は幼少期をモハーベ砂漠で過ごし、幼い頃には電話線を吹き抜ける風によって生じる騒音に興味を覚えたという。
11キロバイト (1,156 語) – 2020年12月9日 (水) 15:19

(出典 amassing2.sakura.ne.jp)
巨匠とは凄い地位なのに…
本当にお気の毒です…
ご冥福をお祈りいたします…
1 少考さん ★ :2020/12/09(水) 19:06:40.57

ミニマル/アンビエントの巨匠ハロルド・バッドが死去 – amass:
http://amass.jp/142227/

2020/12/09 08:43掲載

http://amassing2.sakura.ne.jp/image/ja*et/300/2020b/115116.jpg

ミニマル/アンビエントの巨匠ハロルド・バッド(Harold Budd)が死去。友人らがSNSで訃報を伝えており、また長年のコラボレーターであるコクトー・ツインズのロビン・ガスリーも訃報を伝えています。死因は明らかにされていません。彼は84歳でした。

ハロルド・バッドは1936年ロサンゼルス生まれ。高校卒業後、ロサンゼルス・シティ・カレッジに入学し、ハーモニーの音楽理論を学ぶ。軍隊に入り、アルバート・アイラーとバンドを組んだ後、サンフェルナンド・バレー州立大学で作曲家ジェラルド・ストラングに師事した。バッドと仲間の学生たちに向けて、ジョン・ケージが「我々はどこへ行き、何をしているのか」と題したスピーチを行った。バッドは、ケージとそのスピーチが彼の音楽に対する考え方を変えたとよく言っていた。

バッドはその後、南カリフォルニア大学の大学院で学位を取得し、作曲家インゴルフ・ダールと仕事をした。1970年、バッドは初のレコーディング作品『The Oak of the Golden Dreams』を発表。その8年後、ブライアン・イーノがプロデュースしたアルバム『The Pavilion of Dreams』をリリースした。バッドはイーノとのコラボレーションを続け、1980年の『Ambient 2: The Plateaux of Mirror』や1984年の『The Pearl』で共演した。彼は独創的でありながら活発にアンビエント¥ミュージックのスタイルを追究していった。

バッドは、30代になるまでピアノを習っていなかったが、「ソフトペダル」というスタイルでピアノを弾いていたことがよく知られています。

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